はじめに
ここで整理したいのは、誰か個人の是非ではなく、青紋のような形質をめぐって遺伝を説明する際に、どこまでの確認が必要なのかということです。
私自身、ニジイロクワガタの発色や形質については、単純に割り切れない部分が多いと考えています。
だからこそ今回は、「複雑さを語ること」と「その説明にどこまで根拠があるのか」は切り分けて考える必要があるのではないか、ということを自分なりに考えてみたいと思います。
青紋の遺伝について考えていると、「そんなに単純な話ではない」「構造色なのだから複雑だ」という説明を見かけることがあります。
私も、その通りだと思っています。
構造色である以上、見た目だけできれいに線を引けるとは限りませんし、実際には複数の要因が絡んでいても不思議ではありません。
エピスタシス、適応度、選抜のかかり方、表現型の判定基準、観察スケールの違い。そうしたものが関わるなら、単純な一遺伝子一形質の話として割り切れない場面があっても不思議ではないと思います。
ですから、私が問題にしたいのは「複雑さ」そのものではありません。
青紋を「劣性遺伝として説明することは妥当」と言うのであれば、それを支える検証内容が、実際にどこまで示されているのか。
問われるのはそこだと思います。
交配例があることと、「妥当」と言い切れることは別
ここは、誤解のないようにはっきりさせておきます。
1月16日の記事には、青紋同士の交配、青紋×野生型、F1同士の交配、雌雄逆パターンなどが記されており、この記述だけを読む限り、少なくともご本人がいくつかの交配を行い、劣性遺伝モデルで捉えようとしていることは伝わってきます。
ですから、私も「何もしていない」と言いたいわけではありません。
ただ、その記述だけで「劣性遺伝として説明することは妥当」とまで言えるかどうかは別問題です。
たとえば、建物について「安全です」と言われたとしても、「柱があるから大丈夫です」だけで終わったら、多くの人はやはり気になるはずです。
本当に知りたいのは、設計図がどうなっているのか、どんな計算をしているのか、どこまで確認されているのかという点ではないでしょうか。
それにもかかわらず、「安全です」という結論だけが先に広まってしまえば、確認の中身よりも、言い切りの強さの方が重く扱われやすくなります。
青紋をめぐる説明にも、私には少しこれに近い危うさがあるように見えます。
私が3月12日に書いた記事も、特定の誰かに対して何かを迫ることより、遺伝様式を断定的に語るのであれば一般にどのような交配設計、個体数、出現率、分離比の確認が必要になるのか、その考え方を整理することに重きを置いたものでした。
伝えたかったのは、特定のやり取りの是非そのものではなく、青紋のような形質をめぐって遺伝を単純に言い切ること自体が誤解を招きやすく、そのためには少なくともこれだけの確認が必要ではないか、ということです。
実際、私は1月14日の記事でも、
「“遺伝していない”と言いたいわけではありません。ただ、『メンデル遺伝の図式で説明できる』と言い切ってしまうのは、少し急ぎすぎる気がしてならないのです」
と書いています。
また、3月12日の記事でも、
「こうした変化を見ていると、少なくとも私は、青紋を単純なメンデル遺伝だけで説明するのは難しいのではないかという印象を持っています」
と述べました。
つまり私は、「メンデル遺伝ではない」と断定したことは一度もありません。
一貫して問題にしてきたのは、「メンデル遺伝として説明することは妥当」と言い切るのであれば、そのための検証がどこまで示されているのか、ということです。
追記前には、具体的な母数は示されていなかった
ここで、補足記事の中の
「母数がないと認めない、母数があっても認めない、自分は時間がないから確かめないけど好きに書く」
という一文についても、少し触れておきたいと思います。
少なくとも、こちらが疑問を述べていた3月12日の時点では、交配設計や出現率を評価できるような具体的な母数は示されていませんでした。
F1を21頭管理したといった具体的な数字は、その後の3月13日付の補足記事で確認できますが、私が実際にその記載を確認したのは3月15日です。
いずれにしても、3月12日の時点では確認できなかった内容です。
1月16日の記事に書かれていたのは、たとえば次のような、全体を要約する形の記述でした。
- 雌雄を逆パターンで交配しても結果は同じだった
- 複数ラインを数世代、累計で数百頭は管理してきた
- 純系の青紋でインラインをした場合は次世代の青紋率は100%
- F2では低確率ながら青紋が出現した
もちろん、これらをもって「まったく何も示していない」とまでは言いません。
ただ、ここには次のような具体的な母数や分離の中身は書かれていませんでした。
- 何ラインか
- 各交配を何回行ったか
- 各世代で何頭見たか
- F2で何頭中何頭が青紋だったか
- どの程度の例外があったか
そう考えると、「母数がないと認めない、母数があっても認めない」と一括りにされるのは、少し違うのではないかと思います。
21頭という数字が出たことと、それで十分と言えることは別
もちろん、3月13日付の補足記事で21頭という数字が確認できること自体は否定しません。
ですから、「数字がまったく無い」と言いたいわけでもありません。
ただ、ここでも論点は別です。
一方では1月16日の記事の中で、「2年程で結果の出揃う簡単なプロセス」と書き、他方では「複数ラインを数世代、累計で数百頭は管理してきました」とも書いています。
そのうえで、補足記事で具体例として示されたのは、直近の交配例としてのF1・21頭でした。
数字の一部が示されたこと自体は認めたうえで、なお読み手として知りたいのは、その全体像です。
- どの交配を何回行ったのか
- 各ラインで何頭を見たのか
- どのような出現率だったのか
- 例外や判定の揺れをどう扱ったのか
- そのうえで、なぜ「劣性遺伝として説明することは妥当」と言えるのか
問いたいのは、結局そこです。
21頭という数字が示されたとしても、それだけで「妥当」と言い切れるかどうかは別問題です。
少なくとも、私が疑問を述べた時点では、そこまでの具体的な数字は確認できていませんでした。
そう考えると、「母数がないと認めない、母数があっても認めない」と一括りにされることには、やはり違和感が残ります。
私自身、相手側の「2年程で結果の出揃う簡単なプロセス」という記載には、3月15日に前回記事の下書きのために内容を見直すまで気づいていませんでした。
そのため、3月12日に書いた「青紋はメンデル遺伝なのか - もしそう主張するなら必要になる検証 -」は、この記載を踏まえないまま書いたものになります。
ただ、だからこそなおさら、もし「比較的短期間で結果の出揃う簡単なプロセス」として説明できるのであれば、どの程度の交配設計や個体数、分離比の確認をもって「妥当」と言えるのか、その中身はより具体的に示される必要があるのではないかと思います。
「構造色だから複雑」は、検証の十分性を示したことにはならない
ここは誤解されたくないのですが、私は「構造色だから複雑だ」という説明そのものを否定したいわけではありません。
むしろ私は、その複雑さや、単純なメンデル遺伝だけでは割り切れない可能性について、当初から触れてきたつもりです。
ただ、1月16日の記事を読む限り、少なくともその時点では、青紋の遺伝をめぐる問題は、「2年程で結果の出揃う簡単なプロセス」として、比較的シンプルに整理できる話として扱われていたように読めます。
実際、そこでは「上翅の紋」の出る・出ないは劣性遺伝で説明できる、「青紋の『上翅の紋』は劣性遺伝と考えた」、「青紋を『劣性遺伝』として説明することは妥当」といった捉え方が前面に出ていました。
そして、この点は前に「時系列で見る、論点と説明の重心の移り変わり」でも書いたことですが、少なくとも私には、構造色としての複雑さは、時間がたつにつれて説明の中でより大きく扱われるようになっていったように見えます。
そうであるなら、次のような説明が前に出るようになっていったことには、やはり違和感があります。
- 構造色だから複雑
- 観察スケールによって結論が変わる
- エピスタシスもあるかもしれない
- 適応度の差もあるかもしれない
少なくとも私には、当初は比較的単純に検証可能な話として語られていたものが、途中から、より複雑な理論説明を伴う形で語られるようになっていったように見えます。
しかも、ここで本当に必要なのは、複雑さの説明をさらに重ねることよりも、すでに蓄積があるとされる交配結果の中身を、もう少し具体的に示すことではないでしょうか。
複雑さは、検証を免除する理由ではありません。
むしろ複雑であるほど、検証や数字の提示は必要になるはずです。
「違和感がある」「噛み合わない」は、反対命題の断定ではない
補足記事では、「違和感がある」「噛み合わない」「話が合わない」は明らかな否定表現であり、そのような表現を使った以上、こちらにも最低限必要な検証が発生する、という趣旨のことが書かれていました。
ですが、その受け取り方は少し違うのではないかと思います。
私が書いているのは、「Aは誤りだと確定した」という話ではありません。
そうではなく、「Aという説明には、足りない部分や噛み合っていない部分があるように見える」という指摘です。
たとえば、相手の主張が
「青紋は劣性遺伝である」
というものであったとします。
それに対して私が述べているのは、次のようなことです。
- その説明には違和感がある
- 話が噛み合っていない
- その断定を支える検証が見えない
しかし、これは「青紋は劣性遺伝ではない」と断定しているのとは別の話です。
私が言いたいのはあくまで、「その説明だけで、そこまで言い切るにはまだ根拠が足りないのではないか」ということです。
たとえば、ある人が「この実験結果から、この薬は効く」と言ったとします。
それに対して別の人が、「この実験結果だけで薬が効くとは言い切れない」と述べたとしても、その人が「この薬は絶対に効かない」と断定しているわけではありません。
言っているのはあくまで、「効くと断定するには、まだ証拠が足りないのではないか」ということです。
そして、そのように断定するのであれば、どのような条件で、どれだけの対象を見て、どの程度の差が出たのかといった確認も必要ではないか、という話になります。
青紋の話も同じです。
私が述べているのは、「劣性遺伝ではない」と言い切ることではなく、「劣性遺伝として説明するには、まだ確認すべきことが残っているのではないか」という問題提起です。
ですから、ここでまず問われるべきなのは、私が反対命題を立証できるかどうかではありません。
先に「青紋は劣性遺伝として説明することが妥当である」と述べた側が、それを支える交配設計、個体数、出現率、分離比の検証をどこまで示せているのか。
本来問われるべきなのは、そこではないでしょうか。
まず問われるべきなのは、どちらが説明をしているのか
ここで改めて整理しておきます。
私がしているのは、「別の遺伝形式が正しい」と断定することではありません。
私が言っているのは、「劣性遺伝として説明するなら、その妥当性を支える検証が必要ではないか」ということです。
つまり、焦点になるのは、私が別理論を証明できるかどうかではなく、先に「劣性遺伝として説明することは妥当」と述べた側が、それを支える根拠をどこまで示せているかです。
- 交配設計
- ライン数
- 個体数
- 出現率
- 分離比
- 必要なら統計的な扱い
これらが十分に示されていないのであれば、現時点で妥当なのは「仮説として語る」ことまでであって、「劣性遺伝として説明することは妥当」と言い切ることではないはずです。
おわりに
青紋について、単純に割り切れないところがある。
この認識は、私は最初から一貫して持ってきたつもりです。
ただ、今回私が書きたかったのは、複雑さそのものを否定することではありません。
「複雑であること」と、「その説明に十分な根拠があること」は同じではない、ということです。
青紋を「劣性遺伝として説明することは妥当」と言うのであれば、必要になるのは、複雑さについての説明を重ねることではなく、どこまでが確認された結果で、どこからが推定や仮説なのかを分けて示すことではないでしょうか。
少なくとも私には、構造色としての複雑さが、後になるほど説明の中で大きく扱われるようになっていったように見えます。
もしそうではないのであれば、やはり必要なのは、説明そのものよりも、検証内容の提示だと思います。
この記事で整理したかったのは、青紋のように単純に割り切れない形質について、複雑さを語ることと、説明を支える根拠を示すことは別に考える必要がある、ということです。
今回の記事も、その問題意識の整理として読んでいただければと思います。
