前回の記事の最後で、私は「構造色だから複雑であること」と、「その複雑さを理由に、検証全体を評価できる形で示さなくてもよいこと」は別の話だと書きました。
今回はその点を書くつもりでした。

ただ、その前に、補足記事そのものが何を言っているのかを一度整理しておいた方がよいと感じました。
読んでいて、最もらしく書かれているようには見えるのですが、実際にはどこまでが観察で、どこからが推定で、何をもって結論としているのか、その境目がかなり曖昧で、何が示されたのかが非常に分かりにくかったからです。

そこで今回はまず、補足記事の内容をいったん噛み砕いて整理してみます。

結論から言えば、補足記事に書かれている内容は、

「劣性遺伝である可能性を示す観察例」にはなっていても、
「劣性遺伝として検証済み・証明済み」と
言える段階の提示にはなっていない

私はそのように受け取りました。

この文章から一応言えること

補足記事の内容から、まったく何も言えないわけではありません。
最低限、次のようなことは読み取れると思います。

1.青紋×野生型のF1が21頭すべて紋なしだった、という観察

これは確かに、参考情報にはなります。
少なくとも、青紋が単純な優性ならF1でももっと紋ありが出てもよさそうだ、単純な優性っぽい見え方ではなさそうだ、という方向の話としては読めます。

2.同様の交配を過去にも数回行い、似た傾向だったという主張

これも、もしその通りなら、完全な思いつきではなく、本人の中では同じ傾向を何度か見ている、とは言えるのだと思います。

3.紋あり同士では次世代に紋ありが出る、という観察

これも、少なくとも「紋あり」という表現型に、ある程度の再現性があるらしい、という観察としては受け取れます。

ここまではよいと思います。
ただ、問題はここから先です。

でも、これで「劣性遺伝が証明された」とは言えないと思う

私が引っかかったのは、補足記事の中で、候補を絞っている段階の話と、実際に検証して確かめた話が、あまり分けられないまま一続きに語られていることでした。

そのため、全体としてはかなり説明できているように見えるのですが、実際にはまだ、観察に沿った推定と検証を経た結論のあいだにある隔たりが埋まっていないように思います。

なお、今回の補足記事そのものにこの言い回しがあったわけではありませんが、それ以前の段階で、青紋を 「劣性遺伝として説明する事は妥当」 という方向で語っていた流れがある以上、私は今回の補足もその延長として読んでいます。

だからこそ私は、「そう見える例がある」という話と、「劣性遺伝として説明することは妥当」と言える段階の話とは、分けて見た方がよいのではないかと感じています。

何がまだできていないのか

親の遺伝子型が確定していない

遺伝の話でまず大事なのは、親が本当に何者なのかだと思います。

たとえば「青紋×野生型」と書かれていても、青紋親が本当に想定通りのホモなのか、野生型親がその座で固定されているのか、他の修飾要因を持っていないのかが分からなければ、その交配結果の解釈は揺れます。

つまり、「この親を使ったらこう出た」ことと、「だからこの形質の遺伝形式はこうだ」ということは、同じではありません。

F1の結果だけでは、劣性遺伝の確認としては弱い

青紋×野生型でF1がすべて紋なしだったとしても、それだけで強く言えるのは、せいぜい少なくとも単純な優性っぽくは見えにくいくらいだと思います。

でも、劣性遺伝をしっかり見るなら、普通はその先が必要です。
少なくとも見たいのは、

  • F1同士を交配したF2でどう分かれるか
  • 戻し交配でどう出るか
  • その比率が想定とどの程度整合するか

といったところです。

ここまで見て、初めて
「単純劣性モデルと矛盾しにくい」
と少しずつ言いやすくなるのだと思います。

「紋あり=ホモ」「紋なし=ヘテロ」という置き方自体が、まだ仮説の段階に見える

補足記事ではかなり自然に、紋ありはホモ接合体、紋なしはヘテロ接合体として話が進んでいます。

けれども、私にはここがいちばん慎重であるべきところに見えます。
なぜなら、その対応関係が本当に正しいかどうかを確かめること自体が、まさに検証だからです。

しかも本文では、多面発現や観察スケールで結論が変わること、エピスタシス、適応度、複数形質といった、単純に割り切れない要素をいくつも持ち出しています。
だったらなおさら、見た目の「紋あり/紋なし」を、そのまま遺伝子型に1対1で対応させてよいのかは、簡単には言えないはずです。

分離比の検証が見える形では示されていない

遺伝形式を説明するときに大事なのは、「そう見えた」ではなく、どの交配で、何頭中、何頭が、どう出たかが見える形で示されていることだと思います。

たとえば単純劣性を考えるなら、少なくともF1はどうだったのか、F2は何頭中何頭が発現したのか、戻し交配ではどうだったのか、雌雄差はあるのか、ラインを変えても再現するのか、といった情報が必要になります。

今回示されているのは主に、F1が21頭すべて紋なしだったことと、過去にも似た結果が数回あったということです。
これは観察の断片としては意味があると思います。
ただ、それをもって分離比の検証結果が示されたとまでは、私は言えないと感じます。

「他の可能性を消去した」と言うには、消し方が粗いように見える

本文では、優性・不完全優性・共優性は外れる、雌雄逆でも変わらないので伴性も外れる、残る結論は先述した通り、という流れになっています。

ただ、ここも少し飛び方が大きいように感じました。
現実の形質には、

  • 表現度のばらつき
  • 浸透率の問題
  • 修飾遺伝子
  • 判定基準の主観性
  • 複数遺伝子
  • 環境要因

など、いろいろな要素が絡み得ます。

だからこそ、「Aでもない、Bでもない、だからCだ」と言うには、AやBをかなり丁寧に潰していく必要があるはずです。
でも、その過程の中身までは、今回の補足では十分に見えてきません。

たとえるなら、こういうことだと思う

たとえば、家の鍵を1本持ってきて、たまたま玄関が開いたとします。
でも、それだけで「この鍵はこの家のすべての扉に対応する万能鍵だ」とは言えません。
言えるのはせいぜい、「少なくともこの玄関では開いた」までです。

今回の話もそれに近いように思います。
ある交配で想定に合うような結果が出たことと、その形質の遺伝形式が検証済みであることは、やはり別の話です。

もう一つ、コインの例で考えても同じだと思います。
コインを5回投げて5回とも表だったとしても、それだけで「このコインは表しか出ない」とは言えません。

やはり必要なのは、回数を重ねること、条件を整理すること、想定とのズレを見ることです。
今回の記事もまさにこれで、“表が続いた”という観察はある。でも、“このコインの性質が確定した”とはまだ言えない。
私にはそう見えました。

複雑さを持ち出すなら、なおさら慎重さが必要だと思う

本文では自分で、単純な一遺伝子一形質としては割り切れない可能性をかなり書いています。
多面発現、形質ごとに遺伝形式が異なる可能性、観察スケールで結論が変わること、エピスタシス、適応度、変数の多さまで出しているからです。

であれば本来は、だからこそ、なおさら慎重にデータを揃えて示す必要があるはずです。

ところが実際には、複雑さはかなり語られている一方で、検証の提示はそこまで整理されていない。
私には、そのような印象でした。

ここには、やはりねじれがあるように思います。

私が作出したブルーについても、これまでの扱われ方には引っかかるものがありました。
ご自身では紫紺選抜からしかブルー様の個体を出したことがないにもかかわらず、他所からの伝聞や推測を交えながら、かなり最もらしく説明されていたように見えたからです。
しかも、そうした内容には、実際の経過やこちらの観察と食い違う点が少なくありませんでした。
だからこそ今回の補足記事についても、実際にどこまで確認したことなのか、どこから先が推測なのかを分けて見たいと思っています。

私が証明しないことを持ち出すのは、かなり的外れだと思う

私が証明しないことを持ち出して何か言われていますが、そこはかなり的外れだと思っています。
私は、構造色という性質を前提にしたとき、この種の話をそう簡単に「劣性遺伝」と断定できるものではないと考えています。

たとえば、判定基準の揺れ、表現型と遺伝子型のずれ、修飾要因、観察スケール、交配設計、分離比の確認。
そうした面倒な問題がいくつもあることを分かっているからこそ、とてもではありませんが安易には言えませんし、言いたくもありません。

むしろ、その難しさを分かった上でなお簡単に言い切れる方が、私には不思議です。

少なくとも私は、そこを大きく言い切って議論の形にするくらいなら、今やっているブルーの出方や発色の傾向を見ている方がよほど楽しいです。
その方が、私にとっては実際の飼育や観察として意味がありますし、無理に結論だけを先回りして語るよりも、ずっと健全だと思っています。

本当に必要だったのは何か

青紋を「劣性遺伝として説明する」のであれば、少なくとも次のようなことは必要になると私は思います。

  • 交配設計の一覧
  • 各親の由来と判定基準
  • 各交配の総個体数
  • 表現型の内訳
  • F1だけでなくF2、戻し交配の結果
  • 複数ラインでの再現性
  • 判定のブレへの対応
  • 想定分離比との照合
  • 例外個体の扱い

ここまであって初めて、少なくとも飼育下では単純劣性モデルと大きく矛盾しないくらいの言い方が見えてくるのだと思います。

それでもなお、普通は「証明」よりも、現時点ではこのモデルで説明するのがいちばん無理が少ないように思われるくらいに留める方が自然ではないでしょうか。

つまり、何が問題なのか

ひとことで言えば、私は今回の補足記事に、観察例を、検証済みの結論のように扱っている印象を持ちました。

もう少し言えば、仮説に沿う結果が出たことと、その仮説が十分に検証されたこと、この二つが少し混ざってしまっているように見えます。

専門用語を並べれば、説明が深く見えることはあります。
でも、本当に大事なのは、

  • どこまでが観察なのか
  • どこからが推定なのか
  • どこまでがデータで、どこからが解釈なのか

それが読んだ側にも分かる形で示されていることのはずです。

おわりに

今回の補足記事は、最もらしく書かれているように見える一方で、私には観察として示されていること、そこから先の仮説、推定、結論が、十分に切り分けられていないように感じられました。

だからこそ、読んでいて「何か説明された感じはするのに、実際には何が示されたのか分かりにくい」という印象が残ったのだと思います。

遺伝の話は、本来そんなに簡単に

  • 「検証済みです」
  • 「これで説明できます」

と言えるものではないはずです。

自ら、複雑さや多面発現、観察スケールの違い、エピスタシス、適応度まで持ち出すのであれば、なおさらです。

少数の観察例が仮説の手がかりになることはあっても、それだけで「遺伝形式が検証済み」とまでは言えない。
今回の文章を読んで、私が感じたのはその点でした。


そして次は、「複雑であること」と「その説明を妥当と言えること」がなぜ別の話なのかを、もう少し正面から書いてみたいと思います。
今までのやり取りを見ていると、本来こちらが証明すべきではない話が、なおそうであるかのように扱われているように感じます。
次回は、どなたにも分かる例え話を入れながら、その点もあらためてお示ししたいと思います。


今回の記事の前提や流れが分かりやすくなると思うので、関連する記事も置いておきます。