ニジイロクワガタの発色について、
「蛹期の温湿度」「羽化速度」「表皮硬化のタイミング」といった
飼育環境が影響しているのではないか、という感覚があり、関係する論文などを調べてみました。
現時点では、
ニジイロクワガタ(Phalacrognathus muelleri)そのものを対象に、
これらの要因を実験的に操作し、反射スペクトルやクチクラ多層構造(TEM 等)まで直接検証した研究は確認されていません。
しかし、甲虫類全体に目を向けると、
蛹期から羽化後の成熟・硬化過程において、構造色を担う多層反射構造が形成・変化することを示した研究は複数存在します
(Seago et al., 2009;Neville, 1975)。
1)蛹期の温湿度
構造色が水分量や含水状態によって変化し得ることは、
カメノコハムシ類(tortoise beetle)の反射構造を対象とした研究でよく知られています。
これらの研究では、吸水による層間隔や屈折率の変化が、反射スペクトルに影響することが物理学的に示されています
(Vukusic et al., 2007)。
これは「発生過程で湿度が最終色を決定する」ことを直接示すものではありませんが、
少なくとも湿度(含水)が構造色の光学特性に影響し得るメカニズムの裏付けにはなります。
2)羽化速度(発生・成熟の進み方)
葉虫類(leaf beetle)では、
多層反射構造が蛹期から羽化直後、さらに硬化後へと段階的に形成される様子が、
発生段階ごとの観察として報告されています
(Saranathan et al., 2017)。
また、オサムシ類(tiger beetle)では、
羽化後の時間経過に伴って色調が
白 → 紫 → 青 → 緑
と変化していく現象が、クチクラ構造の成熟と関連づけて論じられてきました
(Neville & Caveney, 1985 などの系譜)。
これらは、発生の進み方や成熟速度が異なれば、到達する構造状態も変わり得ることを示唆しています。
3)表皮硬化のタイミング(sclerotization / tanning)
表皮硬化(sclerotization, tanning)が、
クチクラの物性・微細構造・光学特性と深く結びついていることについては、
比較的強い裏付けがあります。
クチクラタンパク質の架橋やメラニン化反応が進行する過程は、
色調の変化だけでなく、層構造の安定化とも関係することが整理されています
(Andersen, 2010)。
さらに、成虫脱皮や上翅形成に関わる遺伝子発現の研究からも、
硬化・成熟の進行が最終的な構造状態に直結する方向性が示唆されています
(Guan et al., 2012)。
ニジイロクワガタに当てはめると
以上の知見は、いずれも他種の甲虫を対象としたものです。
そのため、現在のところ、ニジイロクワガタにおいて
蛹期の温湿度、羽化速度、表皮硬化の進行を実験的に制御し、
その影響を反射スペクトルや層構造として検証した研究は確認されていません。
その点は、明確にしておく必要があります。
それでも、
構造色が「形成される過程」と「成熟・硬化する過程」に強く依存する以上、
飼育環境が発色の幅や傾向に影響する可能性を考えること自体は、
既存研究の延長線上にある仮説だと言えるのではないでしょうか。
そのため、これは確定的な結論ではなく、
一つの可能性としての整理にとどめたいと思います。
参考文献
- Seago, A. E. et al. (2009). Gold bugs and beyond: a review of iridescence and structural colour mechanisms in beetles. J. R. Soc. Interface.
- Neville, A. C. (1975). Biology of the Arthropod Cuticle. Springer.
- Vukusic, P. et al. (2007). Tuning the optical properties of beetle cuticle by hydration. Physical Review E.
- Saranathan, V. et al. (2017). Structural diversity of leaf beetle elytra during maturation. Scientific Reports.
- Andersen, S. O. (2010). Insect cuticular sclerotization: a review. Insect Biochemistry and Molecular Biology.
- Guan, X. et al. (2012). Elytra formation and cuticle maturation in beetles. PNAS.
