ニジイロクワガタの色について調べていくと、
「環境で色が変わるのか」という問いに行き着きます。
飼育をしていると、確かにそう感じる場面はあります。
ただ、見てきた範囲では、それだけで説明できるほど単純でもありませんでした。

飼育をしていると、
同じ種なのに「締まった色」に見える個体と、
どこか「ゆるい色」に見える個体が出てくることがあります。

最初は気のせいかと思っていましたが、
何頭か見比べているうちに、
この違いは構造そのものの“作られ方”に近いところにあるのではないか、
そんな感触が残りました。

それでも気になってしまうのが、
蛹期から羽化にかけての、あの短い期間です。

ニジイロクワガタの発色について、
蛹期の温湿度、羽化の進み方、表皮が硬化していくタイミングといった要素が、
何らかの形で関わっているのではないか。
そうした感覚があり、
自分なりに整理してみたくなって、
これまでの観察と照らし合わせながら、
関連する研究にも目を通してみました。

現時点では、
ニジイロクワガタ(Phalacrognathus muelleri)そのものを対象に、
蛹期の温湿度や羽化速度、表皮硬化の進行を意図的に操作し、
反射スペクトルやクチクラの多層構造(TEM など)まで踏み込んで検証した研究は、
確認されていません。

一方で、甲虫類全体に目を向けると、
蛹期から羽化後にかけての成熟・硬化の過程で、
構造色を担う多層反射構造が形成・変化していくことを示した研究はいくつもあります
(Seago et al., 2009;Neville, 1975)。

1)蛹期の温湿度

構造色が水分量や含水状態によって変化し得ることは、
カメノコハムシ類(tortoise beetle)の反射構造を対象とした研究でよく知られています。
これらの研究では、吸水による層間隔や屈折率の変化が、反射スペクトルに影響することが物理学的に示されています
(Vukusic et al., 2007)。

もちろん、
「発生過程の湿度が最終的な色を決める」ことをそのまま示しているわけではありません。
ただ、湿度や含水状態が、構造色の光学特性に影響し得る仕組みが存在することは、
少なくとも裏付けられていると言えそうです。

2)羽化速度(発生・成熟の進み方)

葉虫類(leaf beetle)では、
多層反射構造が蛹期から羽化直後、さらに硬化後へと段階的に形成される様子が、
発生段階ごとの観察として報告されています
(Saranathan et al., 2017)。

また、オサムシ類(tiger beetle)では、
羽化後の時間経過に伴って色調が
白 → 紫 → 青 → 緑
と変化していく現象が、クチクラ構造の成熟と関連づけて論じられてきました
(Neville & Caveney, 1985 などの系譜)。

これらの例を見ていると、
発生の進み方や成熟の速度が異なれば、到達する構造の状態も変わり得る、
そう考える余地はありそうです。

3)表皮硬化のタイミング(sclerotization / tanning)

表皮硬化(sclerotization, tanning)が、
クチクラの物性・微細構造・光学特性と深く結びついていることについては、
比較的強い裏付けがあります。

クチクラタンパク質の架橋やメラニン化反応が進行する過程は、
色調の変化だけでなく、層構造の安定化とも関係することが整理されています
(Andersen, 2010)。

さらに、成虫脱皮や上翅形成に関わる遺伝子発現の研究からも、
硬化・成熟の進行が最終的な構造状態に直結する方向性が示唆されています
(Guan et al., 2012)。

ニジイロクワガタに当てはめると

ここまで触れてきた研究は、いずれもニジイロクワガタ以外の甲虫を対象としたものです。
現時点では、ニジイロクワガタにおいて、蛹期の温湿度や羽化速度、表皮硬化の進行を操作し、
その影響を構造や反射スペクトルとして直接検証した研究は、見当たりません。

この点は、はっきり分けて考えておきたいところです。

それでも、
構造色が「形成される過程」と「成熟し、硬化していく過程」の影響を強く受ける現象である以上、
飼育環境が発色の幅や傾向に関わっている可能性を考えること自体は、
既存の研究の流れから大きく外れているわけではないように思います。

少なくとも今の段階では、これは確定的な結論というより、
自分なりに整理しておきたい一つの仮説として、そっと置いておくのが妥当だと感じています。

※本記事で使っている用語については、
こちらのページで整理しています。
用語整理ページ

参考文献

  • Seago, A. E. et al. (2009). Gold bugs and beyond: a review of iridescence and structural colour mechanisms in beetles. J. R. Soc. Interface.
  • Neville, A. C. (1975). Biology of the Arthropod Cuticle. Springer.
  • Vukusic, P. et al. (2007). Tuning the optical properties of beetle cuticle by hydration. Physical Review E.
  • Saranathan, V. et al. (2017). Structural diversity of leaf beetle elytra during maturation. Scientific Reports.
  • Andersen, S. O. (2010). Insect cuticular sclerotization: a review. Insect Biochemistry and Molecular Biology.
  • Guan, X. et al. (2012). Elytra formation and cuticle maturation in beetles. PNAS.