ニジイロクワガタの色について語るとき、ときどき

「グリーンの血が出た」
「青系の血が混ざっていた」

といった表現を見かけることがあります。

感覚的にはとても分かりやすく、長く飼育をしている方ほど経験則としてしっくり来る言い回しでもあります。

ただ、生物学的な視点から見たとき、「血」という言葉には少し誤解を招きやすい面もあります。

「血」という言葉が連想させるもの

    「◯◯の血がある」と聞くと、多くの人は無意識のうちに、青の血、グリーンの血、紫紺の血といったように、色ごとに独立した何かが体の中に存在しているようなイメージを持ちます。

    メダカや金魚、花の色など、色素で色が決まる生き物であれば、この考え方はある程度当てはまります。

    けれども、ニジイロクワガタの色はそうではありません。

    しかし、ニジイロクワガタの色は「構造色」

    ニジイロクワガタの色は、絵の具のような色素によるものではなく、羽の内部にある微細な構造によって光がどのように反射するかで決まる、いわゆる構造色です。

    そのため、青・緑・紫紺といった色は、別々に存在しているものが混ざり合うのではなく、連続したグラデーションの中で、どの波長が強く見えているかという違いに過ぎません。

    「血が出た」と言うと何が起きるか

    青紋とブルーよりの紫紺を掛け合わせた結果、グリーンが出たとします。
    そのとき「グリーンの血が出た」と説明すると、本来は「今回は青方向に寄る条件が揃わなかった」という現象であっても、どこかに隠れていたグリーンの要素が突然表に現れた、という物語に変わってしまいます。

    この言い換えは分かりやすい反面、色があらかじめ固定されているかのような印象を与えやすい側面があります。

    実際に起きていること

    構造色として捉えるなら、青が出なかったからといってグリーンの血が勝った、という関係ではありません。

    実際には、クチクラ構造の組み合わせや発生過程、個体差や環境条件が重なり合い、その結果として今回はグリーン付近の波長がもっとも強く反射して見えた、という整理になります。

    起きていること自体は、特別な逆転劇ではなく、ごく自然な揺らぎの範囲とも言えます。

    「血」という言葉が悪いわけではない

    ここで強調したいのは、「血」という言葉を使う人が間違っているという話ではありません。

    長年の経験を直感的に共有するための表現としては、とても自然ですし、ブリード文化の中で育ってきた言い回しでもあります。

    ただ、初心者の方やこれから仕組みを理解しようとする方にとっては、「色ごとに固定された血がある」という印象につながりやすい面があることも確かです。

    私はこう考えています

    私自身は「◯◯の血が出た」と言う代わりに、「今回は◯◯方向に見えた」と表現したいと考えています。

    そのほうが、固定を前提にせず、構造色らしい揺らぎを含めて考えやすいと感じているからです。
    また、次の世代をよりフラットな視点で観察できるという実感もあります。

    まとめ

    ニジイロクワガタの色は、血で分かれているわけではありません。
    色は連続的で、条件によって見え方が変わります。

    「血」という言い方は分かりやすい一方で、固定された色を想像させやすい面もあります。

    だからこそ、色を断定するよりも、そのときどう見えたのかを記録する。
    そのくらいの距離感で向き合うほうが、この虫の色の面白さを長く楽しめるのではないかと思っています。

    ※本記事で使っている用語については、
    こちらのページで整理しています。
    用語整理ページ


    今回触れた「◯◯の血が出た」という言い方と同じように、青い発色に対して「エラー」「不全」といった言葉が使われる場面もあります。
    次の記事では、なぜ人は青を“エラー”と呼びたくなるのか という点を、言葉の構造として整理していきます。